遥かなる若狭越5

(無くなってしまった峠、榎木峠)

 

〜榎木峠の所在〜

 小川越(こがわごえ)、丹波越(たばごえ)とともに無くなってしまった峠に榎木峠(えのきとうげ)がある。

 丹波越の所在については、此れ迄に述べてきた通りであるが、小川越と榎木峠については、それらの所在がはっきりしない。

 小川越は、今では自動車道にとって変わられたが、若干峠状になっており、「以前はもっと山腹の高いところを巻いていた」という古老の話しからも、やはり久多〜川合間の断崖を避け、山肌の比較的高い所を越えていたのであろう。

 このことは以前に述べた、田歌〜口芦生間の旧道の例からもほぼ想像できる。

 安永7年(1778)の年号が記されている山城州大絵図には、久多から河合さらに針畑川を北へ、街道はほぼ川沿いに記され、「江州小川村ニ出ル、久多越又ハ小川越トモ云」とある。

 また、同絵図には、川合から南側の山中を若干巻くようにもう一本の道を示す実線が引かれており「江州榎(楳)、榎(楳)木峠」と記されている。

 この榎木峠を「関西山越えの古道(下)」(中庄谷直著:ナカニシヤ出版)の中で、丹波越と混同された記載がみえるが、久多と安曇川支流葛川(かつらがわ)沿いにあった榎(木)村とを結ぶ往来路であったことはほぼ間違いなく、このことは「北山の峠(上)」(金久昌業著:ナカニシヤ出版)に「榎木越というのは、久多から町居と同じ葛川筋にあった榎木村に越えた峠道である。しかし江戸時代の初期、寛文2>年(1662)の大地震で町居、榎木のニ村が埋もれ、町居は残ったが榎木はなくなったという」と既に記されている。

 この大地震から110年余り後の大絵図に記載があることから、その後に復活したものであろうと推察される。

 また、比良の登山史として、「明治22年(1889)5月8日江州志賀郡榎木村『武奈ケ岳』常ニ比良ノ岳ト云フニ...」との朽木村大野の故池田白鴎氏の記録が紹介されている(「比良・朽木の山を歩く」山と渓谷社)。

 榎(木)村の所在は、現在の梅ノ木あたりなのであろうか。地元の古老は近年でも梅ノ木のことを「よのき」と発音するということも聞いているが詳細はわからない。

 さらに絵図の、街道を示す実線は久多を下村、中在村、上村と経てさらに奥に伸びて山中に続いている。この先にあったであろうと思われる丹波越が記されていないのが何とも残念でならない。

 その昔、朽木藩(正確には藩ではなく、知行所)に勤める久多庄の侍で、四郎右衛門という大男が「朽木藩での勤めを終えての帰り道、奥山に差しかかる頃はいつも夜半になり...」とあり、「堂のところで一服することを常としていた...」ことが紹介されている(「京都久多」ナカニシヤ出版)ことから、“朽木からは奥山を越えて久多に帰る”ことがわかる。朽木の勤め先が現在の陣屋跡あたりかは確かめ様もないが、もしもそうならば、榎村から榎木峠を越えたものか、はたまた針畑川沿いに出先でもあったものならば、小川越か丹波越を越えて久多に帰ったものかもしれない。

 いずれにしても、これまでにも書き綴ってきたように、若狭から京、丹波へ通ずる幾筋もの街道や村と村との往来路が網の目のごとくに発達・進化し、ときには退化しつつ、時代の変遷とともに「社会的合意の結束」として人々の生活を支え、文化を今日に伝承して来たのである。

 

〜遥かなる若狭越を書き終えて〜

 今年の2月上旬、この若狭越の舞台でもある朽木村へ雪上自然観察会にXCスキーを携えて参加の機会を得た。幸運にもその会で北山クラブの創立以来の会員である尾高一郎氏北山クラブ創設10周年記念行事として行われた、若狭越の街道踏査など、貴重なお話を伺うことが出来た。

 若狭越の「歴史街道は守られるべき貴重な文化遺産である」という尾高氏の考えと意気投合して、地鶏の鍋を囲み、地元で自然農法に取り組まれている杣の会が始めて醸造された純米吟醸「風の舞」を傾けながら、夜遅くまで有意義な時を過ごさせて頂いた。

5回に亘って書き綴ってきた若狭越のこれら街道は今、林道開発の前に惜しげもなく取り崩されて来ている。

 地域活性化などという曖昧な概念や災害防止などに名を借りた公共事業をはじめとする心貧しい経済優先の社会の在り方の所業である。

 いま「真に優先すべきは何か」ということに私たちは目覚めなければいけない時期をもうとっくに行過ぎてしまっているのではあるまいか。

<文責:津原重久>

<参考文献>

「北山の峠」(上)金久昌業著 (ナカニシヤ出版:昭和53年刊)

「朽木村志」橋本鉄男編 (朽木村教育委員会:昭和49年刊)

「北山百山」北山クラブ編 (ナカニシヤ出版:昭和63年刊)

「比良・朽木の山を歩く」山本武人著 (山と渓谷社:平成10年刊)

「京の北山ものがたり」斎藤清明著 (京都文庫2、松籟社:平成5年刊)

「京都北山を歩く1」、「同3」澤潔著  (ナカニシヤ出版:平成4年刊)

「京都久多:女性がつづる山里の暮らし」 久多木の実会編 (ナカニシヤ出版:平成5年刊)

「関西山越えの古道:下」中庄谷直著 (ナカニシヤ出版:平成8年刊)

「京都への道」山田興司著 (京都書院:平成6年刊)